あと1点だった。
24-23。
日本がアジア王者に、そしてロサンゼルス2028オリンピックに届くまで、あと1点。
深津英臣が上げた先は、石川祐希だった。
一度では決まらない。
それでも、もう一度。
深津は石川に託した。
今度は、決めた。
25-23。
日本男子バレー代表が、アジアの頂点に立った。
2026年9月13日、男子アジア選手権決勝。日本はイランを3-0(25-21|26-24|25-23)で破り、優勝。そして、LA28への出場権を自分たちの手でつかみ取った。
ただ、この試合を「3-0」という数字だけで振り返ると、大切なものをいくつも見落としてしまう。
イランの高いブロックに何度も止められた。
リードをひっくり返された。
拾っても、拾っても、最後には相手に決められたラリーもあった。
それでも日本は、次の一本をつないだ。
そして最後は、このチームを引っ張ってきたキャプテンに、もう一度ボールを託した。
今回は少しだけ、数字の外側からこの決勝を振り返りたい。
試合結果|3-0。でも、簡単な3セットはひとつもなかった

日本 3-0 イラン
25-21|26-24|25-23
チームスタッツを見ると、この決勝の難しさが少しだけ見えてくる。
日本はアタックで41-36、サーブで7-3と上回った。
しかし、ブロックは5-10。
倍の差をつけられている。
イランのHajiは18得点、うち4本がブロックポイント。Poriyaも13得点を挙げ、強烈なサーブとサイドからの攻撃で何度も日本を苦しめた。
日本では西田有志が18得点、髙橋藍が17得点。
けれど、この日の勝利を説明するのに、その数字だけでは足りない。
スコアシートに残らなかった一本が、あまりにも多かったからだ。
第1セット|0-3。最初から、簡単には勝たせてもらえなかった
試合開始直後から、イランのブロックが立ちはだかった。
髙橋藍のサーブがネットにかかって0-1。
続くイランのサーブを山本智大がAパスで返し、石川がレフトから打つ。
ブロック。
0-2。
もう一度、石川へ。
また、ブロック。
0-3。
決勝は、いきなり日本に重い問いを投げかけてきた。
その空気を最初に切ったのが西田だった。

レフトから強烈なクロスを打ち込み、日本の初得点。
そして2-4から迎えたサーブでは、ノータッチエース。
3-4。
力で押し切るだけではなかった。
ブロックアウトを狙い、軟打を落とし、バックライトから打ち切る。
西田は相手を見ながら、得点の取り方を変えていった。
一方、深津もイランのブロックに正面から付き合い続けなかった。
7-8。
藍がAパスを返すと、深津が選んだのはレフトではない。
石川のバックセンター。
パイプ攻撃で、8-8。
サイドで待ち構えるイランのブロックに対して、中央、バックアタック、クイックへ。
止められるなら、違う道を探す。
この試合で何度も繰り返されることになる、日本の修正だった。
そして20-19。
コートに入ったのは、大塚達宣。
役割はリリーフサーブだった。
大塚のサーブからイランを崩し、ラリーがブロック。
21-19。
もう一度、大塚。
イランのスパイクがアウト。
22-19。
さらにもう一本。
今度は良いコースへ入り、レシーブを弾いた。
サービスエース。23-19。
公式記録で大塚につく得点は、このエースの1点。
でも、このサーブターンが生んだものは「1」という数字より大きかった。
最後は石川のAパスから、西田がライトからクロスへ。
レシーブを弾き飛ばした。
25-21。
苦しい入りを、日本はひとつずつほどいて第1セットを取った。
第2セット|14-10から15-17。それでも、崩れなかった
第2セットは日本が先行した。
藍、西田、小野寺。
サイドだけでなく中央も使いながら得点を重ね、14-10。
このまま日本が押し切るようにも見えた。
だが、イランはそう簡単には終わらない。
14-11から石川のレフトをブロック。
14-12。
さらにサーブで崩され、14-13。
日本はタイムアウトを取った。
一度は15-13としたものの、そこからPoriyaのサーブが日本を襲う。
ライン際へのサービスエース。
15-15。
次も石川のレセプションを弾いた。
15-16。
そして長いラリーの最後、イランがバックライトを決める。
15-17。
14-10。
そこから逆転された。
それでも、この日の日本はここで切れなかった。
深津から宮浦健人へ。
西田から河東祐大へ。
2枚替え。
石川のサーブでイランを崩し、返ってきたボールを藍がダイレクトで叩く。
17-17。
宮浦もライトからブロックアウトを取り、19-19。
再び深津と西田を戻して終盤へ入った。
20-20では藍がサービスエース。
22-22では、また大塚がリリーフサーバーとして入った。
サーブで崩す。
その先でラリーがブロック。
23-22。
派手な得点だけではない。
短い出場時間でも、自分に与えられた一本で流れを動かす選手がいた。
試合は24-24のデュースへ。
Poriyaのサーブミスで25-24。
日本のセットポイント。
サーブラインに立ったのは石川だった。
この日、スパイクでは何度もイランのブロックに捕まっている。
それでも――。
ノータッチエース。
26-24。
スパイクで取れないなら、サーブで取る。
キャプテンは別の形で、日本に2セット目をもたらした。
第3セット|得点にならなかったプレーが、日本を前へ進めた

第3セットには、この試合を象徴するようなラリーがいくつもあった。
石川のサーブから始まった序盤。
山本が一本拾う。
さらにもう一本。
2本続けてディグ。
最後はPoriyaのバックライトに決められた。
スコアだけを見れば、イランの1点だ。
5-5からのラリーでは、西田が床すれすれのボールに手を差し出した。
パンケーキ。
ボールは落ちなかった。
藍も打つ。
イランも拾う。
日本もブロックで触る。
最後は日本コートでお見合いとなり、ボールが落ちた。
これも、記録上はイランの1点。
9-8からのラリーでも、日本はディグし、ブロックフォローし、何度もボールをつないだ。
それでも最後はイランが決めた。
スコアシートには、どれも「イランの得点」としてしか残らない。
その1点になるまで、日本が何度ボールを床から救ったのか。
誰がカバーに入り、誰がもう一度助走を取り直したのか。
そこまでは、数字には残らない。
でも、そうした一本一本があったから、日本は離されなかった。
髙橋藍|MVPは「17得点」だけでは説明できない

髙橋藍は17得点。
アタック14得点、サービスエース3本。
数字だけでも十分に大きな仕事をしている。
だが、この日の藍はそれだけではなかった。
前に落とすショートサーブ。
レセプション。
ディグ。
ブロックアウト。
フェイクセット。
そして何度も決めたバックセンター。
第1セット8-8。
第2セット13-10。
14-10。
そして23-23の大事な場面でも、山本のAパスからバックセンターへ入り、24-23のセットポイントを作った。
第3セット22-22でも、またバックセンター。
イランの強いサイドブロックに対して、日本が見つけたひとつの答えだった。
大会後、藍はベストアウトサイドヒッター、そして大会MVPに選ばれた。
しかし試合後、藍が語ったのは自分の賞以上に仲間のことだった。
深津について、「一番しんどかったと思う」「弱音も吐かない」「今の日本代表を支えてくれている」と語った。
だからこそ、深津から上がってくるボールを「何が何でも決め切る」という気持ちでいたという。
セッターが託す。
アタッカーが応える。
その積み重ねが、この日の17得点の向こう側にあった。
深津英臣|10本のブロック。その壁の向こう側を探し続けた
イランのブロックポイントは10。
日本は5。
数字だけを見れば、ネット際の攻防では明確にイランが上回った。
実際、石川だけではない。
藍も、西田も、小野寺も止められた。
だから深津は、同じ場所へ同じように上げ続けなかった。
石川のバックセンター。
藍のバックセンター。
西田のバックライト。
ラリー、小野寺のクイック。
止められたら、次の道を探す。
その繰り返しだった。
大会後、深津はベストセッターに選ばれた。

そして、最後の1点について尋ねられた。
深津は、石川がこのチームを引っ張ってきたからこそ、「信じてトスを上げた」と振り返った。
その言葉を知ってから最後のラリーを見返すと、そのトスは少し違って見える。
24-23|一度では決まらない。それでも、もう一度石川へ

第3セット、22-22。
あと3点。
西田がサーブラインに立った。
強烈なサーブでイランを大きく崩す。
切り返し。
石川がレフトからクロス。
23-22。
イランがタイムアウト。
西田はもう一度サーブラインへ。
ボールはネットに触れ、そのままイランコートへ落ちた。
サービスエース。24-22。
マッチポイント。
イランがバックライトを決め、24-23。
あと1点。
イランのサーブ。
深津が上げる。
石川へ。
決まらない。
ラリーは続いた。
もう一度、深津がボールの下に入る。
そして、もう一度。
石川へ。
今度は決めた。
25-23。
日本、優勝。
ロサンゼルスへの切符をつかんだ。
試合後、深津はその選択について語った。
このチームを石川が引っ張ってきた。
だから、信じた。
小野寺太志も石川を「最後は決めてくれるエース」と表現した。
藍も「キャプテンが最後の1点を取れて最高の試合ができた」と喜んだ。
そして当の石川だけが、自分自身について厳しかった。
「今日はスパイクでは頼りなかった」
実際、アタックは7/23。
数字だけを見れば、石川が主役だった試合ではない。
本人だけが、自分を「頼りなかった」と言った。
でも、仲間たちは最後まで石川を頼った。
石川祐希|7/23。それでも、キャプテンだった
石川はこの日、26本のレセプションを受けた。
実況の中でも、Aパスから日本の攻撃につなげた場面が何度もあった。
第2セット最後にはノータッチエース。
そして試合最後の25点目。
石川自身は試合後、「チームメイトが本当に頼りになった」と話した。
コンディションの問題もあり、すべての練習に参加できたわけではなかった。
スパイクが思うように決まらない決勝でもあった。
それでも、自分にできる仕事を続けた。
仲間は石川を頼った。
石川もまた、仲間を頼った。
だからこそ最後の1点は、「エースが決めた」という一文だけでは足りないのだと思う。
あの一本には、この半年弱でこのチームが作ってきた信頼が乗っていた。
個人賞|優勝のあと、日本から3人の名前が呼ばれた
表彰式では、日本から3選手が個人賞を受賞した。
ベストミドルブロッカー:小野寺太志
ベストセッター:深津英臣
ベストアウトサイドヒッター:髙橋藍
そして、
大会MVP:髙橋藍。
小野寺は膝の調整がぎりぎりだったことを明かし、トレーナーや仲間のサポートへの感謝を口にした。
深津は、イランのブロックと向き合いながら攻撃を組み立て続けた。
藍は攻撃だけではなく、サーブ、レセプション、ディグ、そしてバックアタックで日本を支えた。
個人賞ではある。
でも、その言葉の先にあったのは、やはりチームだった。
LA28へ|「ゴールはここではない」
五輪切符を手にした直後。
選手たちの言葉は、もうロサンゼルスへ向かい始めていた。
西田は、このために半年弱チームで戦ってきたことを振り返った。
そして、
「パリで残っているものをロスで取りに行きたい」
と語った。
深津は、
「1日1日、1年1年を大切にして、メダルを取りに行きたい」
と話した。
小野寺は、もっと明確だった。
「ロスでは金メダルを取る」
そして石川。
「ゴールはここではない」
目標は、五輪でのメダル。
そのために、これからの2年間を戦っていく。
福岡で手にしたのは、アジア王者の称号だけではない。
2年後へ進むための切符を、日本は自分たちの手でつかんだ。
最後の1点は、キャプテンが決めた。
でも、その1点までボールをつないだのは、このチームだった。

アジア王者、日本。
次は、ロサンゼルスへ。

